スポンサーサイト

--–--–-- (--) --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「ホテル・ハイビスカス」 (2002)

2007–06–03 (Sun) 18:46
ホテル・ハイビスカス

製作年度 2002年
製作国 日本
上映時間 92分
監督 中江裕司
原作 仲宗根みいこ
脚本 中江裕司 、中江素子
音楽 磯田健一郎
出演 蔵下穂波 、照屋政雄 、余貴美子 、平良とみ 、ネスミス 、亀島奈津樹 、和田聡宏 、登川誠仁 、大城美佐子



「恋しくて」の中江祐司監督。


多分コレ観て、「恋しくて」を観るとおもしろい。
たとえば“屁”はどーにも好きなんですね。
とか。
夜明けで真っ暗の部屋が序々に明るくなっていくイメージも好き…というか少なくとも「恋しくて」でちゃんと撮り直したかったんだろうな。
とか。


story
小学3年生の美恵子は沖縄のホテル・ハイビスカスの元気娘。
森の精霊キムジナーを探しに小さな旅にでる。


ホテル・ハイビスカスの人たちの小さなエピソードを半オムニバスチックに綴っています。

とにかく美恵子も、お母ぁも、にぃにぃも、ねぇねぇも出てくる人たち片っ端からハイテンションで観てるだけで楽しくなります。
大人し目でお父も、ナイスなタイミングでカツラを落としたりw、いいキャラだしています。
(そう、カツラが坂道をフラフープが転がるように走っていくところ、そしてカツラからお兄ちゃんの走りにバトンされるところは名シーンです。
あれはスゴイ。)



なるほど、この映画は原作ありなのですね。
マンガみたいですね。

そのおかげかどうかは知りませんが、「ナビィの恋」、「恋しくて」に比べると映像的にもいろいろ攻めてる感があって、ちょっと印象が違う出来になってますね。
惜しむは、我が家の近くのTSUTAYAにはDVDが置いてなくって、VHS鑑賞となったんですが、しかしこれが仇となりました(汗。
当然、VHSの方が画質が悪いわけですが、この映画はとにかくロングショットが多い
なんで顔とか仕草とか見えない、見えない。


多分、監督が今回、自分に課したミッションは「人物とカメラとの距離」との葛藤、なんじゃなかったでしょうか。
例えば、行き倒れてハイビスカスに拾われた青年が、ホテルの前で手紙を受け取るシーン。
①手紙を受け取って、②その内容を読んで、③読み手が何かしらアクションを起こす。
こんな一連の流れの動作を示す映像でよくあるのは、だいたいは手紙を開封して読む人の全身(もしくはバストショット)を映しておいて、その後、手にしている手紙の文面のカットか、あるいは読んでいる人の顔のアップにつなげるのが常套でしょうか。
手紙自体を強調したければ手紙のカットだろうし、読み手の心情が大事なら表情のカットになるんでしょう。

しかし、このハイビスカスでの手紙を受け取るシーンは、ロングショット。
VHSだと何してるのか良く見えないかもしれないくらいの。
しかもカット割らず、手紙を読み終えてホテルの中に入っていくまでワンショット。
この映画が特殊だとかいうわけでもなく、他の映画でも見られる手ですが、つまりここで言いたいことってのは、
この映画は、人物とカメラの距離をとても意識していて、カメラを近づけたい衝動、あるいはカットを割る衝動を抑えながらつくったんだろうなっつーことですね。



まーね、ちょっと意識しすぎなとこはあるけどね。

スポンサーサイト

「ナビィの恋」 (2006)

2007–05–25 (Fri) 03:10

ナビィの恋 

原題 NABBIE'S LOVE
製作年度 1999年  
製作国 日本
上映時間 92分
監督 中江裕司
脚本 中江裕司 、中江素子  
音楽 磯田健一郎
出演 西田尚美 、村上淳 、平良とみ 、登川誠仁 、平良進 、兼島麗子 、アシュレイ・マックアイザック 、嘉手苅林昌 、大城美佐子 、山里勇吉 、津波信一 、嘉手苅林次 、吉田妙子 、島正廣 、仲嶺真永 、大田守邦 、宇座里枝


(*レビュー中、役名の「ナビィ」と、役者名の「平良とみ」がごっちゃになってて分かりにくいかもしれませんがご了承くだされ)


「恋しくて」の中江祐司監督作。

この監督は沖縄を舞台にした映画に専心しているようですね。

「ナヴィの恋」の舞台は粟国島。
西田さんが恋するのかと思いきや―いや、確かに彼女の恋も並走するのですが―メインはなんとナビィ…つまり平良とみさん(当時70歳くらい)の恋物語。
かつて契りをかわしたものの、親族によって引き離されてしまったお方が数十年ぶりに島へと帰ってきた。
今は結婚して娘もいる身だが、かつて封印した彼への熱い恋慕が蘇る。

 


この映画がむっちゃおもしろかったのは、もしかしたらオレのツボにクリティカルだったせいも多分にあるのかもしれませんが。
というのも、あっ、と気付いたのは、オレって“継承の物語”に異常に弱いっつーことなわけですょ。
じぃちゃんと、オヤジと、子供がいて、で、一つの世代が終わり、また新たな世代が継承を繰り返しながら新規更新されていうという。
それは特段に継承が描かれている必要はなくって、“世代”が意識されているのが良い。
くたびれかけたオッサンがいて、若い男がいるという。
だから好みで言えば、孤高のクリント・イーストウッドよりかはハワード・ホークスの西部になっちゃうみたいな。


小説で言えば、パール・バックの「大地」とか、山崎豊子の「大地の子」なんて最高だょね。
「ループ」がサイコーなのは、もろ直接的で科学的な因縁つけながら継承を描いてるからだ、なんて妄言してみる。
みたいな。

ジョジョで言えば、5部はその意味で好みじゃない。
みたいな。





ちなみに今、「眉山」という映画が公開されてますね。
若い頃の母と娘が、回想と現実を介しながら重なっていく話なんだけど、話的には継承の話ではあるんだろうけど全くボクのツボからは外れてるんだな…

つまり、あの映画に決定的に足りないのは、生活感なんじゃなかろうかと思う。
生活感…もっと具体的に言えば、“働く姿”かしらね。
この人が確かに生きたのだ、と描くに最も直接的な姿は“働く姿”だと思うのね。
働く、といっても金を稼ぐだけじゃなくって、何かしら登場人物が生きるためにしている行為という意味で。
西部劇だったらば、そのまんまにカウボーイであること、あるいはガンマンであることですね。

ボクの好きな映画「パーフェクト・ワールド」においては、主人公のブッチ(ケビン・コスナー)は、子供を誘拐して逃避行をするわけだけど、子供を誘拐して脱獄するのもワルのお仕事(笑・・・だし、アラスカの父に会いに行くこと自体が彼にとって生きるための行為なんですもの。


で、世代の継承とは、まさに生きる姿の継承であるからして、働く姿の描写の欠いた「継承についての映画」ってのは大抵つまんない。


で、「眉山」でクリティカルに足りないのは、母の若かりし頃のお仕事風景は辛うじてあるものの、あくまで母のキャラなり、父との関係を説明するための映像になってしまっているし、娘の働く姿などはホントに説明的に挿入されているに過ぎない。
だから、母と娘の姿を重ねられても、ふ~ん、母と娘は似るもんだね…くらいで終わってしまう。
世代の交代、継承というところまで届かない。
「東京タワー」の方がはるかに母の働く姿、息子が働く姿を頑張って映してたね。

ま、最も「眉山」がどういうモチベーションでつくられた知らないから、好き勝手言ってるけど。
でも、少なくとも母子の感動モノをやりたいなら、生きる姿(それは病気に闘うという直接的なものではない)をキッチリ匂わせないと、とは思う。
(小津の映画だって、直接的な働く姿はなくてもあれほど働いてる感を出しているじゃないか。
それに対して「男はつらいよ」の博の働く姿のリアル感、働いてる感の無さ具合は一体どういったことだ。)


…いつもの如く話がそれたけど。



で、「ナビィの恋」。

この映画も実は、非常に「眉山」的なのだ。

“親側”に関しては、例えば母役の平良とみさんや、父役の登川誠仁さんの、彼ら自身の年季の入った背中で、“生活感”を出してはいる。
(宮本信子が十数年ぶりにスクリーンに帰ってきた、と言ってみたところでおよそ及ばないものである。)
また彼らの質素さに対する、十数年ぶりに島へ帰ってきた“かつての人”の如何にも金持ち紳士な佇まいとのギャップによってもその効果を挙げているだろう。



しかし、娘の西田尚美に到ってはもはや、松嶋菜々子とさほどの違いはない。
都会がいやになって島へ帰ってきた娘の東京での生活、過去も語られるわけでもなく、ただただ母のそわそわした行動に心配し、右往左往するばかり。


確かに「ナビィの恋」なのだから、母の恋がメインだし、西田は一種の観客の目線なのだから当然だ。
と言われるかもしれない。
し、実際に終盤に到るまで、ナビィの恋物語なのだ。


なのだけれど。


なのだけれども。



この映画が真にスゲーのは、ラストのラストになって、妻という肩書きをとるか、それとも十数年ぶりに蘇った熱い想いをとるか悩み続けた彼女から、いともあっさりと妻・母の肩書きを奪い去り、彼女を“恋する人”として過去―神話へと送り出してしまう。


残ったのは―かつてナビィという恋する人がいた…という神話だけ。
そしてナビィは主人公であることを止めてしまう。
平良はその地位をあっさりと、それまで右往左往するだけの西田にバトンをホイっと放り投げる。
なんぼなんでも、彼女にバトンは受け止めきれないだろう…。


上映時間は残り十数分しかない…

眉山の二の舞か?(いや、眉山のほうが後年の作品だから二の舞じゃないんだけどね)



しかし、この残りたった十数分で、彼女は見事にバトンを受け取りきってしまう。
ただ母と子がいて、母がいなくなって、あぁ悲しい、なんて安易なものでなく、シッカと継承劇に昇華させてしまう。


しかも、ボクがこれまでだらだら書いてきた“生活感”あるいは“働く姿”を映す、という方法とは全く違う思わぬ方向から。

なんてこった!




というわけで秀作です。


いつもながら意味不明レビューになっちゃいましたが。



あ、最近、映画生活にTBしなくなりまして…で、TBしてたのは多分にストーリーとか、作品概要の説明を書くのが面倒だから、その辺知りたい人はリンク先へ飛んでねだったんですが、特に最近、映画観た人じゃないと意味不明なレビューな気がするのですが…要りますか?

ナビィの恋 ナビィの恋
西田尚美 (2000/08/25)
バンダイビジュアル

この商品の詳細を見る


船から西田さんが海へ飛び込むシーンの、イマジナリーラインと飛び越えちゃうハプニング(どうも西田さんが泳げなくて撮影が大変だった性みたいだけどw)
とか、ラストの踊りのシーンの偽長回し―ヒッチコックと同じことやってるとことか、それだけでもおもしろい。

「アヒルと鴨のコインロッカー」 (2007)

2007–05–23 (Wed) 03:30

アヒルと鴨のコインロッカー

製作年度 2007年
製作国 日本  
監督 中村義洋
原作 伊坂幸太郎
脚本 中村義洋 、鈴木謙一
出演 濱田岳 、瑛太 、関めぐみ 、松田龍平 、大塚寧々


テーマ曲であるボブ・ディランの「風に吹かれて」、この映画にぴったりでした。
(ちなみに個人的にはピーター・ポール&マリーのカバー曲のほうが好みだけど) 


結局知ってるところが映ったわけでもないのですが、それでも仙台が舞台だと思うだけでなんだかワクワクしちゃうものであります。

んで仙台先行上映ってゆーからロードショウかと思いきや、思いっきり単館でしたなw
というわけで宮城以外での公開はとりあえず5~6館みたいなので、劇場で見る機会はないやもしれませんが、なかなかに良く出来た映画でありました。

評判もえらく良いようなのでもしかしたら拡大公開もされるやも。


story
新しい大学一人生活を始める椎名くん。
右隣に住む河崎は、左隣に住む文字の読めないブータン人のために広辞苑をプレゼントしようという。
河崎に連れられるままに広辞苑を本屋で強奪する片棒を担いでしまう。
結局、強奪したのは広辞苑じゃなくって広辞林だった…それをきっかけに椎名は少しおかしな人たちに巻き込まれながら、河崎くん、ブータン人の過去に触れてゆく。



ジモッティ映画って流行ってるんでしょうかね。
「フラガール」…は微妙にしても、「ヨコハマメリー」、「恋しくて」辺りでしょうか。


「恋しくて」の熱さに対照的に、「アヒ鴨」は仙台人の気質らしく(笑、淡々とした不思議な雰囲気。
どっちかっつーと青春ミステリィ、みたいな感じですかね。
動物虐待の連続事件が起こっていたり、河崎くんの謎で闇な過去を探るのがスジなので意外と殺伐というか、不穏な空気が持続する映画です。


タネ明かしのところになると急激に説明的になってしまう帰来はあるものの、とても丁寧につくられている力作です。
画面の映りがダメなところも見受けられますが、それでも例えば砂浜での猟奇的なシーンになると、突如異常な雰囲気がかもし出される辺りなど秀逸です。
…と思ったら、この監督さんは「@ベイビーメール」、「あそこの席」などホラー畑なわけですね。
納得。


椎名くんは言ってみれば透明主人公であって、ナビゲーター役なんですね。
ジョジョで言うところの康一くんってとこね。
河崎、ブータン人とその彼女、謎の男、ペットショップの女…彼らの隠された過去を暴くんじゃなくって、過去に参加していくってのが良いよね。
地味であまり人の目を集めない椎名君は、言葉の壁によって他所々々しくされるブータン人の気持ちとすんなりシンクロしていくっつーあたりも丁寧に示してくれているから、“過去に参加している”感覚が観客にも伝わってくる。



切なくって、哀しいンだけど、爽やかになれる映画です。



それにしても役者さんたちの雰囲気が凄く出てます。
瑛太にしても松田龍平にしても、初めて“雰囲気”を感じてしまいました。
大塚寧々さんは無茶苦茶ヤツれてましたが、何かあったんでしょうか、、、



原作者はさり気に同大(オナダイ)なんですが、彼の作品は読んだことないっすな…あぁ、この他所他所しさこそ仙台人…なこたぁ無い。


アヒルと鴨のコインロッカー


「しゃべれども しゃべれども」 now roadshow!

2007–05–22 (Tue) 03:23
しゃべれども しゃべれども

 製作年度 2007年
製作国 日本
上映時間 109分
監督 平山秀幸
原作 佐藤多佳子
脚本 奥寺佐渡子
音楽 安川午朗
出演 国分太一 、香里奈 、森永悠希 、松重豊 、八千草薫 、伊東四朗 、占部房子 、建蔵 、日向とめ吉 、山本浩司 、下元史朗 、三田村周三 、外波山文明





例えば、一門会の袖での国文太一がたたずむところ。
あるいは、ラストの船に乗った二人の姿。

ロングショットの俯瞰でとってもいいところなのです。

で、袖での太一くんにしても、イイ背中を見せているんだから、そのまま行かせてあげなさいょ…と思うのだけど、どうしてもカメラは太一の傍に引き寄せられてしまう。

船上でも、橋の影からすっと出てくる香里奈-これは実のところ太一とのファーストコンタクトも影からすっと出てくる出会いなのだ-が、切ない目で太一くんに走り寄る。
二人が抱きしめあう瞬間に、俯瞰のロングショットになる粋っぷりといったら痺れずにはいられません。
だから、そのまま船に揺られて行かせてあげればいいのに…と思うのだけれど、やっぱりカメラは再び二人の傍に引き寄せられてしまう。

う~ん、もったいない。




それにしても、いじめられっこの関西人と、元プロ野球選手の話し方教室に通い始める理由ははっきり描かれているのだけど、ヒロインのムスッと女が何故しゃべれるようになりたいのかってのは、はっきりとはされない。
それと関係があるのかどうかは分からないけど、彼女の仕事の“アイロン”が頑なに映されていないのはどういうことなのでしょうね。
おそらくどうあっても素人の素振りしか出来なかったのだろう、元プロ野球役の松重豊さんのバッティング姿はごまかしながらも、キチッと見せようとしてたのもあり、余計に気になっちゃっいましたが。



さすがに落語を頭からお尻まで全部入れるわけにも行かず、でも、前半はワイプで時間的省略を敢えて強調しながら、最後の大事な一門会でのところはフェイドでつないで緊張感を持続させていたり、その辺りの心配りはとっても良いんじゃないでしょうか。
でも、スローモーションはそこで使うか。。。う~ん、なかなかハイセンス。ちょっとウケてしまったぞ。
 

国文くんのしゃべり家役、良かったですよ。
 
「バベル」よりしっかりバベってたのもディモールトでした。

しゃべれどもしゃべれども


あ、あとさり気にさすがしゃべり家だけあって、言葉使いもちゃんとしてたんじゃない?
ら抜き言葉ってもはや普通になっちゃったよね。
むしろ“ら”が入ると違和感を感じてしまうオレってあぁ情けなや。

「リーピング」 now roadshow!

2007–05–22 (Tue) 02:11
リーピング
 
原題 THE REAPING
製作年度 2007年
製作国 アメリカ
上映時間 100分
監督 スティーヴン・ホプキンス
製作総指揮 ブルース・バーマン 、エリック・オルセン 、スティーヴ・リチャーズ
脚本 ケイリー・W・ヘイズ 、チャド・ヘイズ
音楽 ジョン・フリッゼル
出演 ヒラリー・スワンク 、デヴィッド・モリッシー 、イドリス・エルバ 、アンナソフィア・ロブ 、ウィリアム・ラグズデール 、スティーヴン・レイ



†reap

[動](他)

1 〈作物を〉刈る;〈畑などの〉作物を刈り取る;…を収穫する

・ reap a field
畑の作物を刈り取る

・ reap the wheat in the field
畑の小麦を刈り取る

・ reap a large harvest of wheat
大豊作の小麦を収穫する.

2 …を(努力・行為などの結果として)受ける, 獲得する

・ reap the fruits of one's efforts
努力の成果を得る

・ reap the rewards [the benefits]
利益を得る

・ reap what one has sown
自分のしたことの報いを受ける.

━━(自)刈り取る, 収穫する, 報いを受ける, 利益を得る.

reap where one has not sown

他人の功を奪う〈《聖》マタイ書25:24〉.


[ プログレッシブ英和中辞典 ]


刈ってたっけ?

って思って調べたら、なるほど「報いを受ける」、「利益を得る」の意味もあるわけですね。

なんといっても、
「イナゴ少女、現る」
なんて宣伝文句を聞こうものなら、観にいくしかないでしょう。


おりしもMOVIXでは10周年記念企画として、毎月10日はダブルポイント、20日は1000円均一だからちょうどイイジャンということで。


story
かつて牧師だったキャサリンは娘と夫を失ったことで信仰をすて、科学絶対主義な大学教授になり、不思議な出来事-奇跡-の科学的根拠を見つけることに勤しんでいた。
しかし、ある田舎村で次々に起こる不可解な出来事は科学の範疇を越え、まるで“神の怒り”であった…



キリスト教的な悪魔崇拝をベースにしたオカルトホラーですが、怖いというより、ワッと驚かせてドッキリなのでちょっと辟易としちゃうところはあります。

しかし、この映画のみどころはなんといってもラスト20分くらい、まさに少女が“イナゴ”を発動させるあたりからでしょう。


あんまり言うとネタバレてしまいますが、「わーっ!!イナゴだぁ~!」なんて無邪気に喜んでいると、よりさらにスペクタクルが用意されておるわけで、

時魔法「コメット」
を唱えるシーンなんて、「あぁっなんて熱いんだ!!」と興奮しきりです。


このラストの力の入れようを見ると、きっとこの監督はイナゴとコメットをやりたかっただけちゃうの?
と疑いもしたくなるものです。


街の俯瞰から始まるヘロヘロなカメラワーク、何かと粗雑な繋ぎなどを見ると、もうその辺りは興味無ぇからテイトーでいいょなんてノリだったのかしら?
赤い川や、原因不明で倒れる牛とか、実に見せ甲斐がありそうなアイテムもなんだかあっさり気味でもったいないままになってるしね。

まぁ、だからイナゴに至るあたりまでは結構どうでもいい感じなんだけど、とにかく見せたいラストシーンに心血を注ぎ込んでる、その姿勢ベネ。
基本的には全編に亘ってとても色が良くって、だからVFXもスゲーみごたえアリです。


あー、例えるならトンデモ「フォーガットン」はしかしドヒュ~っとぶっ飛ぶのがあるだけで観て損は無ぇって感じっすね。


なんだか褒めんのか、けなしてんのか良く分からんことになってますが(笑
ついでにイナゴ少女と言いながら、イナゴはここぞの伝家の宝刀的に出てくるため、出番は少ないです。あしからず

リーピング


 | HOME |  次へ »

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。